富永チューターの【数式のない算数・数学】ー第2回「ポアンカレ予想」

富永チューターは、東京大学理科Ⅰ類に在籍し、将来は数学の研究者になることを目指しています。今回の記事は、数学好きの高校生に向けて、大学に入ってから彼らがどういう学びをしているのか、紹介してもらいました。  

チューターの富永です。
今回の記事では2002年に解決された現代数学の大難問であるポアンカレ予想について紹介し、大学に入ってから、そして大学の数学科に入った時数学の専門家は一体何をしているかのほんの一部を、あまり厳密さにこだわらずにゆるく紹介したいと思います。

トポロジーという単語を聞いたことがありますか? 数学の一分野を指す言葉です。位相幾何学と言われることもあります。
位相幾何学と名前がついているくらいなので、幾何学なのですが、みなさんのお馴染みである、面積を求めたり、長さや角度を測ったり、とは全く毛色の違う幾何学です。
実はこの分野では、ある図形に対して曲げたり伸ばしたり縮めたりしたものを、同じ図形とみなします。ただし切ったり貼ったりしたものは別のものと見なされます。よく挙げられる具体例を挙げると、この分野ではドーナツの形とコーヒーカップの形が同じと見なされます。それで一体何を調べているのかというと、図形に対して曲げたり伸ばしたりしても変わらない、ある“量”を調べています。こういった例の一つとしてオイラー標数というものがあります。例えば多面体だと、面の数と頂点の数の和から辺の数を引くと、どんな形の多面体を考えても、これは2になります。こういう量が違えば、ある図形からある図形へはどんなに頑張っても変形できないことがわかります。(たとえば、球とドーナツの形は違うことが少し勉強するとわかるようになります。当たり前に見えますか?)こうした量を調べることによって、例えばある図形とある図形が同じか、違うか、2次元や3次元だったらどのような図形がありえるか、ということを調べています。

ポアンカレ予想は、1904年にトポロジーという分野の原点を切り開いた数学者であるアンリ・ポアンカレという数学者により提出された予想でした。解決されたのは2002年なので、およそ100年間人類を悩ませた大難問だったわけです。予想は、「単連結な3次元閉多様体は3次元球面に同相である」というものですが、これを理解するのに言葉の準備をしなければなりません。

まずは単連結という言葉ですが、これは先ほど言った、伸ばしたり曲げたりしても変わらない“量”の特徴の一つです。空間や図形の中で、ある一点からスタートしたロケットが自分の通った道に沿ってロープを張ったとします。するとロケットがある道を通ってもとの点に戻ってきた際、ロープの両端を縛れば一つの輪っかができます。この輪っかを、ロープの両端を縛ったまま自分のもとに引っ張ってきて、すべてのロープが回収できるなら、この図形や空間は単連結と言います。例えば私たちが普段住んでると言われている3次元ユークリッド空間は周りに何もなければ輪っかは回収できるので単連結です。しかしドーナツで考えると、ドーナツの穴の周りを一周すると、ドーナツの穴に引っかかってしまい輪っかが回収できません。

3次元閉多様体というのは、3つの方向に広がりを持った、“どこまでも行っていない”図形であって、例えば4次元空間内の“どこまでも行っていない”曲面だと思ってください。(4次元空間をイメージしろということではなく、そういうものだと思ってください)どこまでも行っていないとは有界だと思ってもらって構いません。例えば直線(線分ではありません!)はどこまでも行ってしまっていますが、球面は有界なので、どこまでも行っていません。3次元球面はx²+y²+z²+w²=1をみたす点の集合ですが、これは3次元閉多様体の例になっています。

同相というのは先ほど言ったように、伸ばしたり曲げたりすれば同じにできるということです。(僕は直接4次元空間の中の図形がどんなものか、それを伸ばしたり曲げたりするのがどういうことか、イメージできませんが…)

これでようやく大雑把に予想の意味がつかめました。単連結という特徴を持っている、3次元の広がりを持っていてどこまでも行ってないような図形は、伸ばしたり曲げたりすれば3次元の球面にできるということです。

最初の話に戻ると、これは3次元の図形を考えた時にある特徴を持っている図形はすべて位相幾何学においては球面と一緒ということになります。つまり3次元の図形に対して、ある図形が球と一緒かそうでないか判断できる基準が一つ得られたことになります。
位相幾何学における一つの目標として、伸ばしたり曲げたりしていい尺度の中で、どの図形がどの図形と同じか、違うか、どのような図形しかありえないかというのを完全に決定したいというものがあります。ポアンカレ予想というものはそういった線引きをする一つの基準を示していたことになります。実際3次元のポアンカレ予想はグレゴリー・ペレルマンによって解決されましたが、その際示したことは、大雑把に言えば「3次元の広がりを持つ図形は、適切に分解すれば8種類の図形から構成されている」ということ(サーストンの幾何化予想と言います)を示し、その帰結としてポアンカレ予想が解決されました。つまり3次元の図形は本質的には8種類に分類されるということです。

わかっていただけたでしょうか?何か高校までの数学と違うなという感じがしますね。多少は、高校までの数学と大学で研究されている数学が違うこと、そして実際に何が起こっているかの一部分は伝わりましたか?もちろんこれだけが数学ではありませんし、非常に多種多様な数学があります。また、ポアンカレ予想について数学的にきちんとわかろうとすると高校からだと長い道のりになると思いますし、僕も道半ばの状態です。ですが、非常に面白いことが起きているのは間違いなく、数学に対してさらなる見通しが得られたとき、その先に何が見えるのか、僕自身も非常に楽しみですし、皆さんにも面白いと思っていただけたらな、と思います。